所用で京都へ。京都は約一年ぶりです。
打ち合わせはさっくり終わったので、京都に住んでいたときからのお気に入り散策コースを2万歩近く歩きました!
スタートは百万遍の知恩寺で、新型コロナウイルス感染を封じる祈願の念仏会に参加させていただきました。

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京都大学入り口の交差点、百万遍の名前は、疫病と大きな関わりがあります。
1331年、後醍醐天皇の治める時に、京都に流行病が広まりました。
疫病を終息させるため、神社仏閣に平癒の勅命がくだりましたが、あまり効果がなく。
知恩寺僧侶たちにも要請があり、御所の紫宸殿の前でお念仏を称えたそうです。必死に称えた数が百万回を超えたころ、疫病が終息しました。その褒美として「百萬遍」という勅号を得たので、東大路今出川の辺りを「百万遍」と呼ぶようになったそうです。
わたしは特定の宗教に属したことはありませんが祈りの場に身を置き、観想することを好みます。
知恩寺のお坊さまの「新型コロナ消滅」への幾重にも重なるお経が清々しく、身体の中にひびきました。

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京都大学から吉田神社、モダンな大元宮から吉田山を歩き、茂庵を通り、黒住教の宗忠神社、紅葉で知られる真如堂へ。
真如堂は、紫陽花と菩提樹、また沙羅双樹と称される夏椿も満開でした。
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法然が比叡山から降りてこられて、安堵の思いで腰を下ろした岩を祀る西雲院、会津藩士の聖地から西山を見下ろす金戒光明寺の三重塔。
金戒光明寺で法然の一枚起請文の写経をしたかったのですが新型コロナ対策のため今回は自由写経を納めてきました^ - ^

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法然は地方の警察官の息子、目の前で父を殺され15歳から比叡山へ。以来28年間も厳しい修行を積んだのに、ここでの修行では誰も救えない、と山を降り、女子どもも救われるのだと最初に説いた方。女は往生できない、と硬く信じられていた時代。経典を隅々まで調べて、ようやく「女人」も救われると説かれたのです。
親鸞の草庵が、ほんの目と鼻の先にあることに、静かな感動。
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