先日「だんだんの秋」というタイトルで記事を
書いたのに、
「だんだん」のことを書くのを忘れていたことに
気づきました。

もうお気づきかもしれませんが、
NHKの朝の連続ドラマがこの秋から
「だんだん」なのです。
久しぶりに朝の連ドラを見ています。

「だんだん」は島根県松江などの方言。

ありがとう

という意味で使われます。

わたしは幼いころ、この「だんだん」という
ことばが大好きでした。
大阪弁の「おおきに」は恥ずかしくていえなくても
「だんだん」は、心が温かくなるような気がしたのです。

母の実家が松江でしたので、
毎年、夏になると松江の祖父母の住む家に
帰省するのが恒例行事でした。

帰省すると出雲大社にも足を伸ばしました。
おじいちゃんがちょっと誇らしげに、
「10月は他の土地では神無月だが、
出雲は日本中の神様がお集まりになるので
神有月なんだ」
というような話しを何度となく聞かされて育ちました。

祖父は超古代史を探求するのが趣味でしたので、
上代の、古代の日本の神様について
おじいちゃんのフィルターのかかった独特の
世界観からの神様のお話を聴くのが大好きでした。

いつも着物姿で正座をしていた祖父。
客間の床の間は、わたしたちのために選ばれた
掛け軸がかかり、
香炉では贅沢な香木をたき、
客間の一隅に炉を切り、かんかんに沸かした湯で
おいしい抹茶をたててくれました。

祖父は、わたしが何かをすると
とても嬉しそうに「だんだん」というのです。
その音の響きが心にずっと残っています。

祖父は趣味人で、歌が好きで、芸者さんも大好きで、
つやのある声で小唄や端唄を歌っていました。
90歳近くなったとき、
自分で茶室を建てるんだ!と張り切って大工仕事をして
屋根から落ち、足を骨折してからは床に伏した生活に
なりましたが、それからも源氏物語を絵巻にしようと
絵をかいたり、短歌や俳句を作ることを喜びにしていました。

わたしの名前、ひろこ、も祖父がつけてくれました。
易や占いにも精通していた祖父が
末広がりに良い人生になるように、と願ってつけてくれました。

祖父も祖母も100歳(数えの)で亡くなりました。
100歳まで生きることは奇跡だけれど、
祖父母のおかげで不可能と思いません。
好奇心をもって、与えられた人生を楽しむことを教えてくれました。

朝の連ドラで松江の風景が映し出されると、
元気な祖父と歩いた松江城や、
達筆すぎて読めなかった手紙の数々や
「だんだん」の声を思い出します。


ありがとう・・

だんだん・・