つづき・・・

ある日のこと。
担当となった男性の病室へ伺うと、
その方はベッドの上に正座し、病室の窓から
青い青い空を見ておられました。

どの病院でもアロマセラピーの前には、
看護士長さんとのカンファレンスがあり、
担当の患者様の状態について詳しい打ち合わせが
行われます。
この男性Mさんは、入院まもなくて
病名の告知をわたしが伺ったその日に
されたばかりでした。

ホテルのように立派な建物の病院の
最上階に緩和ケア病棟は位置し、
病棟には広い談話室も併設されています。
談話室は、おしゃれなカフェのように
三方の壁面がすべてガラス張りになっていて
琵琶湖に面しており、遠く伊吹山まで見渡すことができます。
凪いだ琵琶湖の水面に太陽の光が反射し、
遊覧船がゆっくりと行きかう景色は
あっと息を呑むほどに美しく、
贅沢な時間をすごすことができる空間になっています。
でもあまりここで、景色を眺めている患者さんを
見たことがありません。
付き添いの家族の方が言葉も少なく、
琵琶湖を、山を、見るともなしに見ているのをよく見かけました。

Mさんは60代。
付き添いの方もなく、お荷物も少なく、
たったひとりで正座しておられます。
病室は個室で清潔で明るく、ベッドとソファー、
洗面台もきれいで、ちょっとしたホテルのような
仕様になっています。
ベランダに面した大きな窓に近寄ると、
眼下に琵琶湖を一望できる景色が広がります。

病室に伺うと、アロマセラピストは
まず自己紹介とアロマセラピーの説明を始めます。
ほとんどの患者さんは、アロマセラピーをみたことも
聴いたことも体験したこともありません。
それでも、精油の香りを試していただきながら
簡単にご説明すると、たいていの方は
「ああ、いい香り、どうぞお願いします」と
受け入れてくださいます。

わたしたちが行う緩和ケアでのアロマセラピーは
リラクセーションを目的としています。
病気の辛さ、苦しさに寄り添い、
スピリチュアルペインを和らげ、
ゆっくりとした優しいトリートメントで
こころとからだの緊張をほぐし、
またお話しに耳を傾ける時間を持つことで、
安心感を感じていただきます。

Mさんは、自己紹介にも精油の説明にも
アロマセラピーにも、まったく言葉を
発することなく、じっと空を見ていました。

やめてほしい、ともおっしゃらないので、
「植物の香りを使って、Mさんの腕や足に
優しくアロママッサージをしてもよろしいですか?」
と尋ねました。
やっぱり、何も言わず、わたしの顔も見ず
小さく小さくうなずかれました。

明日に続きます・・・







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