最近、ふっとした瞬間に今まで思い出すことも
なかったシーンが急によみがえってきて
焦ることがあります。

『香りは記憶と結びつく』

まさに香り、というより匂い、という方が近いような
一瞬の空気が触発して記憶の扉が開いていきます。

なにもわざわざ封印したような大げさなもの
ではなくて、日常のありきたりな風景が
押し寄せてくる感じ。

それはたとえば寺山修二の「家出のすすめ」を
読んで、いきりたって実家を後にしたときの
母の悲しそうな表情や、
東京へ引っ越すために友人から借りたトラックを
ひとり運転して東名高速のパーキングエリアで
見た朝焼けとか。
あ、これはドラマチックな記憶かな。

小さな息子の手をひいて特急を見に行ったこと。
学生時代、一緒に暮らした仲間たちと歌った歌。
幼稚園のときに母と手をつないで行った
小さな市場の卵屋さん。
遠足のお弁当がうれしかったこと。
「死」を初めて意識した小学2年生の夏。


こんな記憶、今までどこに隠れていたんだ、と
不思議に思うくらいつぎつぎと湧き出します。
ちょうど、冬へ向かう時の少し冷たく澄んだ
空気の匂いが、細胞に眠っていた記憶を
呼び覚ましているかのように。


人のからだはすべてを記憶しているといいます。
宇宙も、この空気にもわたしたちの思いや行動が
記憶されているのだと。
アカシックレコードや無意識の源泉と
表現されているものでしょう。
シュワルツ博士の『動的システム記憶仮説』では
時間や空間は多層構造で、あらゆる情報が
きっちりと折りたたまれているのだとか。

遠い記憶の声に耳を澄ませる秋の夜は
とても静かで優しい。