新年あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします♪

平成最後の年末年始。
ちょうど平成の30年は、わたしの人生にとっても
「わたしがわたしである」経験を重ねる大切な時代でした。
発達心理学者のE・H・エリクソンのライフサイクル理論でいう
青年期から移行する時期に平成が始まりました。

平らかに成る。
なんとも含蓄のある年号です。

怒涛の成人期。
家族を持ち、無我夢中でこどもを産み育てる壮年期を経て、
こどもたちは大きく、手が届かないくらい成長してくれました。

ここからは自分という人間と向き合い、世界との関わりを見つめなおし、
大いなる発達課題「自己の統合」へと向かう時期にはいりました。
統合性への課題が未消化であると「絶望」に向かうとエリクソンは言います。

絶望!

私自身がどこへ向かい、何を志向しているのかがより問われていくことになるのでしょう。
だからなのか、年末年始は、「しあわせ」について考えていました。

ホモサピエンス種としての「しあわせ」
この時代に日本女性として生きる「しあわせ」
宇宙に灯りをともす命の存在としての「しあわせ」
本当のしあわせとはなんだろう。

懐かしい哲学書や宗教書、
あまりに好きだったために距離を置いていた宮沢賢治の書も読み返しました。

「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」という宮沢賢治の言葉があります。
(『農民芸術概論綱要』より)

本当にそうだろうか、
しあわせとはなんであるのか、を問い続け袋小路にはいりました。
賢治の言葉の逆、
「個人が幸福にならないうちは、世界全体の幸福はあり得ない」ということを証明しようと、
ひとり躍起になっていた時期もありました。

人の進化の歴史の中で、ホモサピエンス種が生き延びた理由は知能がすぐれていたからでも、
体力的にほかの種よりも優勢だったわけでもとびぬけた才能があったからでもないといいます。
「ヒトが人になる」ためには、進化の歴史から検証すると、ホモサピエンスが、「協力」をし、
「たがいにまなざし」「助け補い合う関係」を育んできたからだというのです。

京都大学学長の山極寿一氏の言葉をかりれば、「地球上のあらゆる種の中でもっとも気前よく食べ物を分け合う」のがホモ・サピエンスだったのです。


西洋医学が発達し、感染症への強力な薬ができ、
外科的な治療が進化してきてもなお、
「ひとりの寂しさ」や「心の痛み」「魂の渇望」に対する有効な手段はまだまだこれからです。

ケアルームを訪れる多くの方のおからだにふれてきて思うのは、
何万という病気があり、その原因はさまざまであっても、
根底にある大きな割合を占める要因は
「ひとりでいること」あるいは
「一人だと感じること」ではないか、ということ。

だからこそ、「まなざし」「ふれる」という関わりの方法にひとびとが惹かれ、
触れ合うことで、温かさや優しさを実は求めていたんだと気づく
人類としても個人としても、
気づきのターニングポイントとして2019年が準備されているように思います。

宮沢賢治はこんなふうにも言いました。
「宇宙は絶えずわれらによって変化する。
誰が誰よりどうだ、とか、誰の仕事がどうしたとか、
そんなことを言っているひまがあるか。
我々ができることは、今を生きることだけだ。
過去には戻れないし、未来があるかどうかも定かではない」
「天の川の中で、たったひとつの
ほんとうのその切符を決しておまえはなくしてはいけない」

さて、わたしの切符はどこにしまっただろう。
あなたの切符はどこに向かっていますか。

「本当のしあわせ」を語りあい、互いに温かいまなざしで、
手で、声でふれていたい。
つながっていたい。
そんな2019年のお正月でした。
今年もどうぞよろしくお願いします(^-^)

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